プライドパレードを思い出す(9) 石原都知事とデモ行進

石原都知事にデモしよう

 2011年のパレード動向の続きです。その頃もっとホットだったのは、東京都知事の問題でした。2010年の12月に、東京都知事の石原慎太郎氏がセクシュアルマイノリティをめぐる世相についていまいち納得されていない旨のコメントをされて、これにいわゆる炎上が起きていました。

 ここで、東京プライドはどうしたかというと、先に書いた総会とかのほうで手一杯だったのか、ずいぶん後に多数の団体の共同声明を出すまで沈黙していました。既存の団体の動きが鈍いもので、のちに「レインボー・アクション」を立ち上げた島田暁さんたちが主催して、世田谷区議でトランスジェンダー政治家の第一人者である上川あや先生を招き、早稲田にあったイトー・ターリさんの仕事場「パフ・スペース(閉鎖済)」でに招いた勉強会を開いたのでした。

 わたしは職場が近かったのでこれまた好奇心で参加してみたのですが、驚きました。パレード系のイベントとは全く関係ないところから、大学生を多く含む若い当事者の男女がいっぱい集まったのです。パレードというのが蛙の井戸に近い状態というのを知ったのもなかなか衝撃でした。

 勉強会が数回行われて、覚えていることとしてはこんなお話があったと思います。

  • ネットでの投書は効き目がない。(Twitter, Facebookが急速に伸び始めていた当時ですが、クリック一つで増殖する声に信用をおけないのはごもっともだと思います)
  • 郵送での投書は役所としては真面目に処理しなければならない。但し、匿名じゃだめで、誰からの意見か明らかなものでなければ取り扱えない
  • やっぱデモじゃない?

 それでデモ行進をやろう!という準備が始まりました。決行日は2011年の3月12日です。毎週月曜日にパフ・スペースに集まって、横断幕とかいろいろ持ち物を用意して、なんだか学園祭の準備のような感じで準備が進みました。

 コースは戸山公園を出発点にして、新宿三丁目のほうに回って、甲州街道から都庁の南に出て、都庁前を歩いて新宿中央公園がゴールという感じだったと思います。当時のメモを見ると、「警察のコメント:事前にあまり詳細にコースを出すと反対派に迎撃されるケースがあるので注意」とか書いています。当時、「在特会」とか新興の団体が過激なデモをやっていて、事例をいろいろ調査した覚えがあります。

 このイベントで初めて増原裕子さんに出合ったのも大きな思い出です。彼女はこのあとLGBT運動のアイコンとなりますが、アイデア、実行力、リーダーシップを備えて本当に「できる」人でした。

 さて、このイベントはどうなったかというと、日付でお気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、前日に大地震が起きて中止になり、ほぼ半年後に再起動してデモ行進が決行されたのでした。本番では、大久保の公園を出発点に変更して開催され、「TGの人で先頭歩ける人いない?」ということでわたしも先頭で横断幕を持たせて貰いました。でも、この時点ではわたしはまだ一般参加者という感じでいました。さて、次回から本格的に東京レインボープライド2012のお話に進みます。思い出すと脳が痛いですが、10年経つしそろそろ記憶を清算しましょう。

トランスジェンダーで会社員でアラフォーで身分上は男子です。 好きなことは踊ることとお絵かきと読書。 いまは嫁と娘が居ます。 2012年の東京レインボープライドを主催していました。

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